こんにちは

 

ここに訪れて頂いて、本当にありがとうございます!

このページでは少しでも僕のことを知っていただけたら良いなぁと思って作っています。

プロフィールや、どうして頭を中心とした整体をしているのか?

自分の怪我や治療業界での歩み、

どんな感じの人間なのか?

などを書いていければと思います。

よろしければお付き合いください(笑)

 

 

 

プロフィール


川島 浩史 (かわしま ひろし)

整体師・鍼灸師

1976年11月25日  東京出身 

 

メディカルトレーナー専門学校卒業

中野健康医療専門学校卒業

日本整体協会CFT学部 卒業

国家資格 はり師・きゅう師

 

 

同世代の人は分かってくれるかもですが、90年代は結構まじめにノストラダムスの地球滅亡の予言を信じてました。

 

いやー、本当に何もありませんでしたね(笑)

 

当店の今の整体は、妻の頭痛を改善したいという想いからはじまりました。


当時、妻は月に何度も「片頭痛」に悩んでいて、ひどい時は仕事も休むような状態でした。
頭痛になると、イブやロキソニンを飲んでいました。

妻も頭痛改善のために、整形外科や脳神経外科に行って、MRIでも「異常は見当たりません」と原因がハッキリしなかったそうなんです。

整形外科でも「頚椎の形が悪いので頭痛になりやすい」ということで痛み止めや、湿布をもらって帰って来ていました。

あなたも妻のような経験をされた事はありませんか?

「病院でもどうせ治らないから…」と諦めてしまいました。

妻のこの一言で、「俺が治す」と私の整体師としてのその後の方向が決まりました。

 

 

 

私の怪我の履歴


僕は人生で初めて身体を痛めたのが、小学校4年生の時に少年野球で遠投した際、左肘に「ビーーン」っと電気を撃たれかの様な痛みが走りました。

 

なんとかで投げれるようになりましたが、ピッチャーをすると肘が痛むので接骨院に通っていました。

 

結局野球を辞めるまで、肘の痛みと相談しながらボールを投げる事になってしまいました。

 

腰〜首に激痛!


ぎっくり腰です。

しかも、中学2年生の秋に学校で腰を強烈に痛めました。

 

少しでも動くと腰から首までが激痛!

当日は歩く事すら困難な痛みでした。

やめておけば良いのに、それでもヒイヒイ言いながら徒歩で帰宅しました。

これがいけなかったのかも知れません。

 

また接骨院


またもや接骨院通いで、腰に電気を当てて、湿布して、30年位前なので、サラシを巻いていました。

 

1〜2か月が経って接骨院のOKが出たので、野球部に復帰しました。

しかし復帰初日、軽く走った時にまたあの時と同じ激痛が腰に走りました。

 

痛みでほぼ動けません。

 

「えっ、なんだよー、全然治ってないじゃん」

 

あの時は接骨院の先生を恨みました(笑)

今思えば急に動いた自分が悪いのですが、当時は本当に治療業界に対してネガティブな印象しかありませんでした。

 

治療業界へ


このような感じだったので、自分がまさか治療業界で仕事をするとは思いもしませんでした。


社会に出て転職を繰り返していた時に、何か一生の仕事はないかと考えて、ふと思いついたのが何故か治療家でした。

 

自分が肘や腰を痛めた時に、もっと親身なってくれる人がいれば・・・

もしかしたら自分ならば、あの時の自分の痛みを治せたかも。

そんな想いがあったかも知れません。

 

今にして思えば、中学生でぎっくり腰という情けないケガのお陰で、一生の仕事となる整体に出会えたのかも知れません。

 

施術業界での歩み


私の施術業界でのスタートは遅く、20代の中盤の頃です。

 

専門学校に行き始めてからは、整体院で修業の日々でした。

 

30代は趣味なのでは?

と思われるほど、治療系のセミナーに参加しまくっていました。

知識を技術を磨く生活を何年も続けていたと思います。

まだまだ未熟でしたが、整体院では店長として働かせてもらいました。

この頃からこの仕事が自分に合っていると思うようになりました。

 

鍼灸の学校へ


ある程度のところに行くと、今度は自分の整体に行き詰まりを感じるように。

 

東洋医学の診かたや経絡経穴を使って内科的な疾患も得意とする「はり・きゅう」の勉強をする事にしました。

 

リラクゼーション


学校の後、午後からリラクゼーションマッサージのチェーン店でバイトを数ヶ月しました。

 

キャンペーンで60分で1980円とかのお店でした。

180分コースもあって、当時は苦痛でしたが良い経験をしました。

 

結構びっくりしたのが、リラクゼーションマッサージのお店に国家資格を持っている人が多く働いていた事です。

 

接骨院って体育会系だったりしますので、ついて行けない人が結構多いのかも知れませんね。

 

 

鍼灸整骨院に勤務


リラクゼーションサロンでは知識や技術の勉強が出来ないので、保険診療の経験をしておこうと鍼灸整骨院でバイトする事にしました。

 

ここではスポーツ障害やケガなど、今まで整体院ではあまり診て来なかった症例もたくさん経験する事が出来ました。

 

国家資格を取得した後は、そこの鍼灸整骨院に副院長として勤務しました。

 

 

訪問鍼灸院を開業


整骨院の休日には訪問鍼灸院を開業して施術してました。

 

訪問鍼灸院では、自分の知識と技術では難しい症状の方もいらしたりと、うまく行かない事ばかりでした。

レベルアップのために、また多数の治療セミナーに参加していました。

 

分院長として


勤めていた鍼灸整骨院の分院長として4年間勤務しました。

勉強会などスタッフの指導もしたり、スタッフに助けて貰いながら何とか頑張りました。

 

これまでの施術経験の中で、整体院、リラクゼーションサロン、鍼灸整骨院で延べ50000人以上の方々を施術してきました。

 

 

 

 

 

 

小さい頃から運動が大好き。

遊びを優先して宿題は後回し。

とうぜん勉強が苦手な少年でした。

父からは好き、嫌いではなく、良い、悪いで物事を判断するように言われ続けていました。

ですが施術業界にいると、考えすぎ、不安、我慢、情報のインプットのし過ぎなどで心も身体も疲れている人に多く出会います。

 

仕事以外では、大人も物事を好き嫌いで判断しても良いのでは?

その方が健康ではないか?

なんて思っています。

案外体に良いかも知れませんよ(笑)

高校卒業まで、ほぼ野球しかして来なかったので、何も知らずに社会に出ました。

入社した会社も半年で退社して、職を転々として、両親には心配をかけたと思います。

 

20代は不眠症


20代の頃に夜勤の仕事にしたりして、何年か入眠障害になりました。

不眠は辛いですよね。

30代では将来独立して自由を手に入れようと、仕事や勉強会など、やたら頑張りました。

そのせいなのかストレスで髪の毛が一気に薄くなった気がします。

顔色も悪かったと思います。

身体も今の方が断然元気ですね。